薬剤学は、薬学独特の学問分野である。一般に薬物は、病気の予防や治療のために必要な薬理作用を期待する物質であるが、いかに優れた薬物であっても、薬物治療が成功するためには、特定の組織におけるターゲット分子にまで薬物が到達する必要がある。
本研究室では、薬物のもつ薬効を最大限かつ安全に発揮させ、副作用を最小限に抑えることを目的に、新しい投与方法や投与形態の開発に関する研究を行っている。さらに、薬物投与の最適化を目指した製剤設計必要な原薬物性改善手法に関する研究を行っている。
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- 鼻から脳経路における薬物移行機構の定量的解明
- 経鼻投与製剤に必要な製剤特性の探索
- 医薬品原薬(API)の物性改善手法の開発
2013年に米国ではBRAIN Initiative Projectが、EUではHuman Brain Projectという最先端の革新的な技術による脳研究がスタートした。オバマ米大統領が発表したBRAINとは、“脳”という意味ではなく、Brain Research through Advancing Innovative Neurotechnologiesの略であり、「アポロ計画」「ヒトゲノム計画」に匹敵する巨大科学プロジェクトである。これら大型プロジェクトの最終目標は、脳の構造、とりわけ脳を構成するニューロンが作る神経回路や脳が働く時の活動の様子を、マクロからミクロまで完全に明らかにし、「脳マップ」を完成することである(Science, 340, 687-688, 2013)。近年、革新的な技術の発展により、アルツハイマー病やパーキンソン病のような脳変性疾患で見られる遺伝子変異、異常なタンパク質の実体やそれらの発症メカニズムの解明は進みつつある。「脳マップ」の完成とその応用時期は目前に迫っており、最終的には認知症・気分障害・統合失調症・不安障害などの精神疾患の解明と治療のための新しい創薬の可能性につながるであろう。しかしながら、低分子薬物のみならず高分子バイオ医薬の創薬開発に目を向けると、薬物の脳内デリバリーは今後もおそらく最も大きな障壁であり続けるだろう。
血液脳関門(Blood-brain barrier; BBB)は血液中から脳への薬物の透過を防いでいるため、薬物による中枢神経疾患の治療を制限している。薬物の鼻腔内投与は、BBBを回避し、薬物を直接脳内(中枢神経系CNS)に送り込むことができる可能性が高いことから、CNSの薬物治療のための優れた投与経路になり得ることが期待されている。したがって、脳の機能異常を修復しうるバイオ医薬にとって、経鼻ルートから脳への部位特異的なN2B薬物送達戦略が必須となる。
我々の最終目標は血液脳関門により薬の侵入が制限される脳/中枢に薬を効率的に送達する経鼻投与製剤の開発である。この達成には血液脳関門を回避する鼻から脳への薬物輸送Nose-to-Brainの理解と革新的な脳標的化経鼻投与製剤の開発という重要課題を克服しなければならない。我々は最小限の副作用と最大限の効果で脳/中枢疾患を治療できる理想的な経鼻投与製剤の開発を目指す。